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1885年に栃木県足利町(現在の足利市)で開業した地方銀行です。当行は、県内を主な基盤とする北関東を中心に、本店および支店を合わせて101店舗を展開しており、県内経済を支える重要なポジションを担っていました。しかし、1985年、無担保コール市場の金利が自由化され、それに伴い調達金利が引き上がりました。これを受けて当行は、調達金利の上昇に対して講じる対策として大型の融資先に絞って融資を行い、さらに新規融資先の開拓のためにはるばる東京まで足を伸ばし貸出を増やしました。また当行は、地元県内の中小企業に対してもあまり十分な審査をしないまま融資を行っていました。このように当行は、融資先の拡大を進めるあまり、モニタリングが疎かになり、後々不良債権が増加する要因になりました。バブルが崩壊すると、当行は、大量の債権が不良債権化し、さらにその多くが貸倒れとなりました。金融庁からの検査も行われ、当行の貸出金の債務者区分の不適切さや引当金の不足が指摘されました。当時金融庁の監査担当であった青山中央監査法人は、当行の繰延税金資産の過剰な見積もりを批判し、税効果会計の基準のさらなる厳格化を当行に求めました。この結果、当行の自己資本比率は1%近いマイナスに転落するとともに1023億円の債務超過となりました。このため、当行は2003年11月29日に破綻し、それと同時に一時国有化されました。